私は30代の時に妊活と不妊治療をしていました。
不妊治療から私を解放してくれた運命の転機は、病院を変えたことでした。
長い長い妊活時代のお話を少しさせていただきます。
なかなか結果につながらない妊活
ある日、勤め先で先輩がご懐妊されたと伺い「おめでとうございます。タイミングとかされたんですか?良かったですね」と声をかけたところ「30歳越えてお医者さんの力を借りずにすんなり妊娠できるはずないやん」と言って立ち去りました。
この頃、私も自分なりの妊活を始めており、タイミングをみたり、養命酒を飲んだり、YOSAという韓国のヨモギ蒸しににた施術や針治療を受けていました。
養命酒に関して言えば、長い目で効果をじわじわ感じていくものなんでしょう。
速効性を求めていたので、1年経たずに止めてしまいました。
YOSAと針治療に関しては、セットで毎回1万円、11回の回数券で10万円。
当時の私は何の躊躇いもなく支払っていました。
ですが、なかなか結果につながりません。
周りの友達は「まだ子供はイイわ」と言っていたのに「妊娠したから妊娠菌あげる」「ありがとう、いただくわ 」そんな会話に少しずつ置いていかれている気分になりました。
ネットで不妊という言葉を検索しては、どんどん不安を募らせていきました。
そんな時、ふとあの先輩が言った言葉を思い出し、病院に行ってみようかな、と思ったのです。
不妊治療は辛さとの闘いだった
まずはネットで病院を調べました。
すると意外に多く選ぶのにかなり迷いました。
高度な治療は必要無いだろうと思い込んでいたので、実績より院内の雰囲気やアクセスの良さを重視して病院を選びました。
優しい先生達、綺麗な受付の方、丁寧にフォローしてくださる看護師さん達、院内はまるで一流ホテルのロビーの様でした。
初めは通院を敷居高く感じていましたが、それらの雰囲気が払拭してくれるようになりました。
しかし、通院に慣れてくると院内の声や待っておられる方の様子を気にするようになりました。
妊娠に成功した方々の情報が目や耳から入ってくるようになり、結果が出ない私にとって段々焦りの気持ちが沸くようになってきました。
「なぜ私だけすぐにできないんだろう。子宮や卵管、血液検査、色々調べたけど問題なかったのに」
その気持ちを率直に先生にお伝えするとタイミングではなく人工受精にステップアップしましょう、とアドバイスを受け新たなる妊活のステージに立ったのです。
それから5回、全てが陰性。
出口のない暗闇の中を手探りで歩きながら、しかも財布の底には大きな穴が開いていて…ふと我にかえって立ち止まると…。
こんなに投資してるのに結果が出ないなんて、100万近く無くなった…ギャンブルみたい…もうやめたい。
排卵を調整するために注射や投薬、通院で心身ともに疲れきっていた私は主人に始めて弱音をはきました。
しかし「なんとかなるって、頑張って」とどこか他人事。
本当に支えてほしい人に支えて貰えないことが、お金が無くなっていくより辛かったです。
ですが、この時、私の中の何かが吹っ切れました。
「よしっ!病院をかえてみよう」
今回は妊活していることを明らかにして、周りの経験談を参考に病院を探しだしました。
信頼できる先生との出会い
選んだ病院はアクセスも悪いしホテルのロビーのようにきらびやかではないけど、自分の選択を信じて問診に向かいました。
そこの病院の先生はパソコンの画面を見ず、まず私との対話に時間をかけて下さいました。
前回お世話になっていた病院の先生は、パソコンを素早い手さばきで扱い、時々こちらを見て微笑み頷く、そして次回の予約をして終わり、これが普通だと思っていました。
今回選んだ病院の先生の姿勢に深く心を打たれ、この先生となら前を向いてゴールを見つけることができる、そう信じて診察や治療を続ける決心がつきました。
まずは、しっかり私の子宮をエコーなどで調べて下さいました。
結果、私の子宮の外に小さな小さな筋腫があり、それが血流をみだしているかもしれない。との話を頂きました。
この筋腫を取ることで妊娠の可能性が上がるかは分からないけど、というぐらいの事実。
ですが、このときの私は例え小さな可能性であっても何でも試してみたかったのです。
先生は手術してくださる病院を紹介してくださった上に、その場で担当かつ執刀してくださるドクターに電話で経緯を直接伝え、手術日まで決めて下さいました。
私は何の不安もなく手術を受け、術後の経過も予想以上に早く、次の妊活ステージに上がる準備が出来たのです。
そして子宮内が正常に戻った頃、体外受精を受けました。
既にこの頃35歳、年齢的にも出産まで考えるとステップアップが望ましいとの事でした。
結果、1度目の体外受精で陽性反応がでて、その子は今6歳になります。
長い長い妊活でした。
主人のどこか他人事のような言動、義母からの嫌みな発言、副作用のある投薬、何度となく通う病院までの道のり、貯金残高二桁…おそらく 300万は遣いました。
でも、自分が信じて共に妊活を歩んでくださった先生方のおかけで、何の疑いもなく澄んだ目で「ママ大好き」と行ってくれる娘、宝物を授かることが出来て、今は本当に幸せです。
コメント